多数が自然と理解し得ない演出は演出と言えるか?

と言う訳で、ハルヒの件。

そうだなー、うーん。俺は個人的には凄く面白いなーと思って見た。

脚本というかお話自体はエンドレスエイト全体を通してその殆どが不変な訳で。
その中で演出やコンテでどう差が付くのか、つけられるのか。その違いを如実に知れたようで面白かったんだよね。

でも、それもただの素人オタクがそれらを反芻してみて解った面白さなんだよ。
何度も何度も見比べて。ここの意図は、とかそういう感じで類推する楽しみというか。
なんて言うか、第一/第二世代オタクのアニメの楽しみ方って言うのかな。そんな感じ。
一昔前までの需要と供給がマッチしている、或いは供給が少ない状況であったなら、
詰まり、最低でも1クールに20本程度のアニメがあるかないか位の状況であったなら多分結構なウケがあったと思う。


でも、果たして、今の時代にそこまで頑張る事を見る側に強要するのはどうなんだろうと。


と言うか、観る側に努力させる演出って演出なのかなぁ。
観ていて自然*1と解るのが演出なんじゃないのかな。
俺は演出家でも志望でもないから、本職が努力させる事が〜、と言えば
完全に間違いなくってただ素人が吠えてるだけなんだけど、取りあえず、現時点では凄くそこには違和感を覚えるんだよね。

京都アニメーションらしくない事してるって言う印象がとても強い。


京アニが何でここまで飛躍出来たかはその確かな地力も当然だけど、何より、マーケティング力なんだと俺は思ってて。

多分、俺なんかより詳しい人が解り易く色々解説してるだろうから、詳しくは割愛するけれども
ハルヒからこっちのオリジナルアニメーション以外は時流を巧く掴みきってたから、こんなに神格化している訳で。

そのマス寄りの京アニがこんなにスノッブな事を主導的にやるだろうかとか考えてしまうんだけれども。


そういう事考えると、一重に角川側からの要請があったんじゃないかなぁ。とか疑ってしまうよね。
原作自体も遅々として進まない現状で確実に飯の種になるハルヒと言う黄金のコンテンツをより長く延命させる為の処置としての要請とか。



まぁ、あくまで予想の範囲を超えない妄言ですね。

でも、エンドレスエイトに関して、俺はこんな風に感じてるなぁ。

*1:言語化出来るにしろ出来ないにしろ